事例紹介

子育てのこと

若いお母さんのお話を伺っていると、自分の子を他の子と比べて劣っている部分に注目し、何とかしなければと困っている、というケースが多いように感じます。

 

でもこれ、かつての私もそうでした。小学校低学年の時、授業で学校の絵を描く事があって、みんな他の子どもは学校を正面から見た所を書いていて、門や窓、大きな時計などが描かれているのに、うちの子だけが上空から見た学校を書いていた事がありました。壁に貼られたその絵の前で一瞬血の気が引いたのを思い出します。うちの子だけが何か間違った事になってしまっているのではないかと。。

 

今となってはただの笑い話です。子育てって往々にしてこんな事の繰り返しのように思います。

 

例えばお母さんの中には、『子供がこんな風に言った時には、こう言えばいいですか?』とか、『じゃあ子供がこんな行動をとった時にはどうしたらいいのでしょう?』など、無意識のうちにケースバイケースで記憶して、まるできちんとマニュアルに沿って子供を育てなければ、と思っている方がいます。大切な子供を責任持ってちゃんとした大人にして世に出さなければ、という真面目で愛情あふれた発想から来るものです。

 

ですが子供というのは思い通りになんて行かなくて当然です。もっと根本の所をしっかり押さえて後は自分の分身がどんな事に反応し、どんな事を考えて動くのか、多いに楽しませて頂こうじゃありませんか。

 

今、本屋へ行けば、育児書は山ほどありますし、専門家の先生の言う事も人によって様々ですね。それに時代背景によっても子育ての仕方や価値観は変化します。

 

ここでは私の体験をもとにした、私の考え方をご提案する事しか出来ません。もし子育てに思い悩むお母さんのヒントにでもなれば嬉しいです。

私が子育てで悩んだ時の判断基準はほとんど一つで、「この子が大人になった時、出来るだけ困らないようにしてやるには、今どうしたらいいか?」という事でした。何故なら私にとっての子育ての定義は、“一人で生きていくためのトレーニング期間”だったからです。

 

ですからかなり小さい時から、スーパーで子供が『トイレに行きたい!』と言った時にも、自分で店員さんに場所を尋ね、自分で行くよう促しました。ただその時にどの店員さんが応じてくれそうか、ヒントだけは与えて送り出していました。

 

子育てで大切な事は、「親が出来るのはあくまでも選択肢の提示までであり、選択そのものは子供にさせなければならない」という事だと思います。子供が自分で選んだ方法や行動が、もし失敗であるのなら、大いに喜んでそれを体験させるべきです。何故なら体験に勝る学びは無いからです。私が遠くから見ている間の失敗はいくらでもフォロー出来ます。でも時が経ち私がいなくなった後のフォローは何もしてやれません。だから今のうちに出来るだけ自分で選択しその責任を自分で引き受けられる土壌を作ってやらなければいけない、それをやる時期が子育て期間だと思うのです。

 

今は30代から40代の男性のひきこもりが何十万人もいるとの話。そんな親御さんはどの方も良識のあるいい方ばかりで、子育てに関しても何か特別という事はありません。普通にきちんと子育てをされているのです。
ですから今から子供を育てていく世代の方たちは、それを踏まえ、なおさら意識して色んな場面に挑んでいける人間を作っていかなければ、子供が生き残っていけなくなってしまうのではないでしょうか?

 

そして日々の生活の中で大切なことは、条件つきで褒めたり条件つきで愛するのではなく、どんな状況になっても限りなく子供の人格を肯定し続ける事です。子供の発言や行動、思考を注意したり他の選択肢を提示することはあっても、人格そのものは常に承認していかないと自己肯定観は育ちません。

 

良く3~4歳位になると、『お母さん、明日の朝僕がタコになってたらどうする?』なんて言う子がいます。『ぐにゃぐにゃの気持ちわる~いタコだよ。どうする?僕の事捨てに行く?』などと言って来ます。
これは言ってみれば「自分にどんな事があったとしても、この先オレを愛せるか?」という究極の問でもあるわけです。
こんな時は迷わず丸ごと受け入れて下さいね。

 

うちの場合は、『お母さん、僕が海の深い所で溺れてたらどうする?お母さん助けに来たらお母さんも死んじゃうんだよ。どうする?』という質問をされました。これも本質的な意図はタコと同じです。私は『助けに行くよ。』と言いました。すると『じゃあ、お母さんも死んじゃうよ。どうする?』と息子。

 

そこで私は『お母さんはね、そんなに簡単に死なないの。見なさい、この太い腕を!ちゃんと助けて帰って来るよ。』と言いました。すると『なんだ、そうか。』と。それでもうこの話題はおしまい。実に理不尽で答えにもなってない私の答えは、きちんと彼を納得させ、彼の中に自分と母親の位置づけを作るのでした。

 

子育てには正解ってありませんよね。もしあるとしたら、母親である私が死ぬときに答え合わせが出来るのでしょうか?いいえ、私が死んだその後も、彼がどんな人生を送るか見てみなければ答え合わせも出来ないでしょう。子育ってってこういう類のものなのです。だから若いお母さんには、どうぞあまり自分を責めずに貴重なその時期を楽しんでほしいと願うばかりです。